読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

つまるところこれは日記

――――――――あ

夢物語1 

古ぼけた外観の山小屋の中は意外と暖かく、指がなんとか動かせる程度の温度に収まっている。どこの山だか知らないが、そこそこ高い山であり、この小屋までの道のりはとても険しいらしい。伝聞体なのは、一緒にせかせか動いている無骨なおっさんから聞いたからというのもそうだが、僕が夢の世界の住人でないことを証明するさりげない宣言でもある。宣言せずともこの山小屋はかなり奇怪な雰囲気を漂わせているのだが。

小屋に入ってまず目に入るは配膳代。その上にはシャンパンタワーよろしく皿が積み重ねられ、言葉にし難い威圧感を放っている。ちなみにメニューはチキンソテーとつくね三本。

なぜこんなことをしているのか?

この世界は不思議、というより狂気的な風習があり、なんでも学校の給食の主菜だけ山小屋に送られ、生徒はそれを取りに山を登ってここまでやってくるという。それだけにとどまらず、生徒は山に登る際必ず乗馬しなくてはならないというクソ仕様付きだ。右手に手綱、左手にお盆、お盆の上には白飯味噌汁そして牛乳。すっげえ。

思うことは多々あれど、僕はこの山小屋で主菜たるこの皿の中につくね三本を入れる仕事をしている。思うことは多々あれど。

おっさんはある意味一番大事な仕事だと言って肩をたたいてくれたが、一体なんの嫌がらせだろう。つくね入れる前に皿を積むな。もう少し効率を考えろ。いっそのこと全部ひっくり返してやろうかいや、夢の中でも食べ物を粗末にしてはならないだろう、など思考模様も様々である。全自動つくね投入機と化した両手はその名に劣らぬ機械的な動きでつくねを添えていく。自分の背より高い位置の皿は最初から放置するプログラムを組んだので仕事量はまあまあ少ない。隙あらばサボる精神はときとして命をも左右すると本気で思う。

一通り作業を終えた(終わってない)ところで休憩するはずだったが、おっさんが話しかけてきたので素直に聞き上手になることにした。語られるは昔話。表示された映像を日本昔ばなし風に書きおこしてみようか。

 

〜〜〜〜〜

 

白馬と少年

むかしむかし、あるところに、少年と白馬が暮らしておった。少年と白馬はたいそう仲がよく、なにをするにも一緒だったそうな。

ある日、少年と白馬はいつものように給食を取りに山を登っていたそうな。山道は険しい上にぬかるんでいたので、足を滑らせぬよう注意しながら進んでいく。

しばらくすると目的地である山小屋が見えてきた。谷に掛けられた橋を渡ればあと少しである。

しかし、そこで気が緩んだのが運の尽き。馬が足を滑らせ、バランスを崩す。無慈悲に働く重力に逆らえるはずもなく、少年と白馬は谷底に落ちてしまいました。

 

 

どれほどの時間がたったでしょう。少年は目を覚まし、白馬もほぼ同時に目を覚ましました。奇跡的にお互い無傷であり、胸をなでおろそうとしたそのとき、両者の目に映ったのは、無残な姿をした給食でした。

給食だったはずの残骸を見ながら、少年と白馬はいつまでもいつまでも、おいおい泣いておりましたとさ。

 

 〜〜〜〜〜

 

おっさんは話終わると、悲しそうに俯いた。僕も俯いた。否、頭を抱えた。

とても悲しい物語だろうし、悲しむべきなのだろう。しかし、少年と白馬でさえ無意識に成功させていた着地を物語そのものが大失敗していないだろうか。少なくとも、その、つづきがあるべきだろう。泣いて終わらせて悲劇を作るには無理があるだろう。頭に浮かび上がるクエスチョンマークをモグラ叩きのごとく潰していっても倍の速度でまた浮かび上がる。要は処理できていないのだ。そもそもこの昔話はなんの教訓を以て後世に語り継がれてきたのか。感想を求められたときに何を答えれば模範解答もしくは及第点なのか。やはり食べ物の大切さか。なら少年と白馬なんて登場させないほうが賢明だろうなんで余計な情報を追加した。そもそも白馬ってなんだやたら強調されていたが普通に馬でいいだろ。まて、なんでこんなに頭を働かせているんだ。

 

いよいよオーバーフローが近づいてきたとき、おっさんが顔を上げた。いかん。この際なんでもいいから言葉を・・・出てこい言葉!

僕はある種の決意を抱き、顔を上げ、口を開いた。

 

 

 

 

夢はここで途切れている。